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二週間ほど前、大学の図書館で授業のノートをまとめていたら、隣のテーブルの学生たちが大きな声で話し始めた。起業の話をしているようだった。話はどんどん熱の入ったものになっていって、政治や、経済や、教育、社会それ自体のことにまで及んだ。それをなんとなく耳に入れながら、「なんて夢見がちで身の程知らずなんだろう」と思った。思って、少し落ち込んだ。

 私の入った大学は世間の多くの人に三流私立大学と認識されている。

 授業はとても面白い。私は民俗学の講義が一番気に入っている。講義の途中に、受講生の中から鋭い質問が飛んだりもする。友達も何人かできたし、サークルにも入った。ゼミの先生もクセがあるけれど面白い人だ。サークルで出会った人には、高校時代に脚本構成の勉強をしていた人も、一年で500冊もの本を読んだ人もいる。この大学には私より頭のいい人がたくさんいて、私は第一志望の国立大学にまったく歯が立たなくて、つまりこの大学は、驚くほど自分の身の程にあっている。
 なら、どうして、こんなにも切なくて仕方がないのだろう。
 この大学の授業を面白いと思うたびに、この大学で自分より頭のいい人に出会うたびに、ここよりもっと上の大学で、もっと面白い授業が行われていて、この大学の人よりもずっと頭のいい人がその授業を楽しんでいることを考えてしまう。そしてその本当に「面白い」授業を、本当に「頭のいい」人たちを、私は少しも理解できないだろうということを、私はちゃんと知っている。

 この世の中には階層というものがある。そして各階層の境目はとても分厚い。あまりに分厚いから、ほとんどの人がそれをただの空と地面だと思い込んでいる。空の上に人がいるとも、地下に人が生きているとも思わない。各階層の中でも上下やヒエラルキーがあるものだから、それを積み重なった階層のすべてなのだと思い込んでいる。本当は階層のうちの一つの層の中のことに過ぎないのに。そして人間はほとんどの場合、自分と同じ層の人間やものにしか接触できない。それがすべてだと思って生きていく。時々、一番上の層から落とされて、全階層を突破していくようなものがある。多くの名作はそういう形で大多数の人の目に触れる。私は階層の中の下のほうの層にいるけれど、この世にある多くの名作の存在を知っているし、いろいろな方法で読むこともできる。しかしそれは、きっと自分の力量分しか楽しめないのだ。自分の属す層・レベルの分しか楽しめない、私より上の層に生きる人間は私よりはるかに多くその名作を理解する。私は名作を十分に理解できずに、こんなもののどこがいいのだ、と批判を始めるかもしれない。こんなものは全然面白くない。まったくだめだ。ほら、私より頭のいいあの人だって、こんなものは駄作だといっているぞ。
 その「頭のいいあの人」の頭のよさが、自分の層の中でのことに過ぎないのだとも知らずに。

 私は、真に素晴らしいものを、好きになれないし楽しめないし理解できない。それが切ないのだ。

 小学校の同級生に天才がいた。彼女はとても頭がよかった。小学生の私は彼女こそが天才なのだろうと思っていた。将来、彼女は何か偉大な発見をする学者や研究者になるのだろうと思っていた。彼女は運動もできたし、リーダーシップもあったし、明るかったし、お金持ちだった。中学校受験でよい学校に入った彼女とは連絡を取らなくなったけれど、当たり前に素晴らしい道を歩んでいるのだと思っていた。大学はハーバードとかケンブリッジとかに行っちゃうんじゃないかしらと、私は無邪気に、冗談のように思っていた。まさかそんな、でも、でも彼女が本気で頑張れば、なんだってできるんだろう。私やほかの子なんかにはとても無理なことだって。
 「慶應に受かったけれど東大には受からなかったみたいで、浪人してやっぱり東大目指すんですって」と四月の初めに母に聞いた。慶應蹴るなんてすごいねえと笑いながら、胸が痛くて仕方がなかった。彼女ならなんだってできるのだろうと思っていた。
 自分自身だけでなく、自分の好き嫌いや目利きさえ否定されていく。
  
     
   
   
 「一般で受かった子ってみんなここが第一志望じゃないんだよ。だからすぐこの大学のこと馬鹿にするのね、でも私はここだけ目指して、ほんとに死ぬ気で、死ぬ気で、ここが第一志望で頑張ってきたじゃん、だからなんか悲しいなあって」という通話を大学の最寄駅で、でかい声でしていた女の子は、多分私と同じ大学の学生だ。

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